すっと消えてしまった人
急に帰ってこなくなる人がいる。こちらが、心の準備などする暇もなく、すっと消えてしまう人がいる。男の人だったり、女の人だったりする。親だったり、恋人だったりする。
悲しいと思う暇さえなく唐突に現れる現実に、対処しなければならなくなる。
私の人生にも急に帰ってこなくなった人がいる。すっと消えてしまった。
最後に何を話しただとか、どんな顔をしていただとか、記憶は曖昧で、その分、柔軟に時々に応じて立ち現れる印象は、捉えどころがない。
常に美しく、ふと心の隙間に入ってきて、私を過去に誘う。
過ごした街の景色は鮮やかで、それはとても事実とはかけ離れているような感じがするものだから、夢の中にいたような気になる。
そうした編集された記憶は、真実により近いのかもしれないし、また確かに、私の心を温めてくれている。
すっと消えてしまった人は、たまに私を訪れ、嘘の事実と予感を置いていく。
それは確かに私が拵えた幻でしかないのだが、実際の私が、幻に動かされていることも確かである。
儚い思いは予感になり、私の欲動の糧になる。突き動かされた私は動物になり、街を行き、人に出会い、誰かにとっての幻になる。
私が綺麗な幻として、誰かの心に機能することを期待したいが、果たしてどうだろうか。
私は、優秀な幻に、予感の源泉になれているのだろうか。
すっと消えてしまった人は、私に誤った趣向を授けてしまったのかもしれない。
だが、失われた季節を思い、儚さを追い、故の予感に導かれる愚かな者は、愛を弄ぶのである。
急に帰ってこなくなった人を、私は憎んでいない。
おそらく、事実よりも虚飾にまみれ、私の中に反応を起こしてくれる、彼ら・彼女らを、私は愛でている。